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<<   作成日時 : 2006/04/10 23:03   >>

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自分の世界を持っている人。
文字通り自分の世界を持っている。
僕が、今まで憧れたり、いいなあ〜って思った人はことごとくこの自分の世界を持った人である。
それは、芸能人であれ、身近な人間であれ。

自分の世界を持っている人は、その人独特の空気がある。
それはしぶかったり、のんびりしていたり、おちゃらけていたり、様々だ。
よーするにその人の個性を自然に伸ばした人とも言える。
その人たちが、自分の個性を意識して、伸ばしたかどうかはわからない。
あれはなんなんだろう。

世の中には、自分の世界を持った風な人間は沢山いる。
しかし、自分の世界を持っている人はそんないない気がする。
自分の世界を持った風な人というのはいわゆるレプリカ人間で、誰かの真似をしてそれっぽくはなっているが、それは世界を持っているのではなく持った風になっているだけである。
ただ、雑誌の情報に流されて、個性を気取って、無個性になるステレオタイプの人間が多い。

ならば、自分の世界を持つってのはどういうことなんだろう。
なんで、みんながみんな自分ならではの個性を持って生まれてきているのに、持った風になってしまうのだろうか。
それは、その個性は世間に認められずらかたり、かっこよくなかったりするからではないだろうか。

木村拓哉の個性を持っていれば多くの人間はそのまま素直に自分を伸ばせばいいと思えるだろう。しかし、何らかの自分にコンプレックスを負ったり、誰かに否定されるのを怖れたりするところに脱個性は始まるのではないだろうか。
そりゃそうだ。誰だってほめられたい。自分の個性を素直に伸ばしたひにゃあ、へたをすれば、ばかにされ、大きく背中にばつ印を書かれかねない世の中だ。

みんなと同じになっておけば、とりあいず否定されないですむし、そのみんなと呼ばれる得体の知れない集合体に入っていることも出来る。
それが人のほめてくれる道、へたをすれば存在を得るための道なんだから、そりゃあそうするさ!って思う。
しかし、それでは自分の世界は持てない。
自然に持った人ではなく、あえて自分の世界を持とうとするっていうことはある意味では覚悟のいることなのだ。

そこで、どうやったら自分の世界を持てるかな〜って自分の世界を持っている人間を眺めて考えてみた。
そして、僕なりの答えが出た。
それは、好きなもんを究めていくということではないかなあと思った。

自分の好きなことを徹底的に究めていくそれがイコールで自分の世界を持つって事なのではないだろうかと。
これならとても自然だし、楽だ。
自分の世界を持っている人を見るととても自然体で楽なイメージがある。
自分の好きな世界を作り上げているんだから、そりゃあ、自然だし、楽にもなるさ。

自分の世界を持つということは決して特別なことではないと思う。
その気になれば、誰でも出来ると思う。
大事なのは、自分の好きなことを楽しみながら究めていくことと、それによって周りの評価を求めないということだ。
そうすれば自分の世界というのはおのずと自分の周りに出来上がってくるのではないかなと思う。

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