百の種

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zoom RSS 縄文人の視点から考える仕事とお金

<<   作成日時 : 2008/10/10 23:10   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 71 / トラックバック 0 / コメント 4

縄文時代にお金はあったのだろうか。多分なかっただろう。

ということは、ほとんどは、物々交換だったということだ。

魚一匹と、かぼちゃ一個みたいな感じでね。

縄文時代は物々交換する物の絶対数が少ないから実現できたのだろう。

現在は膨大な量の職業がある。いちいち物々交換できない。そのためにお金というものが大活躍している。

そりゃあ、そうだ。コンビニにかぼちゃを持っていって、チョコレートとおでんと交換してくれなんてやってられない。

でも、僕らは物々交換を現在もやっているんだろう。

自分が働いたり、拾ったり、もらったりしたお金は、それだけ役に立ちましたぜっていう証みたいなものだ。

豆腐屋のおっちゃんが豆腐を売ると、お金をもらう。それは、当たり前だけど、豆腐が役に立った量をもらっているわけだ。

その役にたった料は他の色んなものに使えるという便利な道具だ。

そう考えていくと、お金が汚い、きれいっていうのは、お金自体がきれいとか汚いんじゃなくて、それを得た方法だ。

まっとうに働いて稼いだお金はきれい。強盗とかして奪ったお金は汚い。それはそうかもしれない。

しかし、日本には、お金を初めから汚いというイメージをつけたり、沢山持つ事に罪の意識すらあったりする。

でも、真っ当に稼いだお金は汚くも、罪でもない。

例えば、一日に100人の人に豆腐を売る。100人分の喜びを生んでいる。

豆腐屋のおっちゃんががんばって事業を拡大して、1万人の人に売ることが出来たとする。

それは、一万人に喜びを生んだということになる。つまり物々交換をしたことになる。

豆腐屋のおっちゃんは直接は、1万人の人は触れ合ってないが、おっちゃんが始めたのだから、おっちゃんが一番物々交換が出来る利益を得れるということだ。

豆腐屋のおっちゃんの下で働く従業員が、それぞれの役に立ち方、物々交換の出来る仕事量がちゃんとお金に換わっていく。なんともシンプルなものだ。

自分の仕事量とお金。とってもシンプル。

つながり方とお金。だと思う。

お金持ちになりたいかどうかと、どれだけ多くの人を喜ばせる、役に立つかは直結しているのだ。
 
野球だってそう。誰かがスポーツをしている姿を見ても、誰も喜ばなくなってしまえば、プロ野球は消滅してしまう。

僕が目指している脚本の世界だってそう。飲む食べる暮らすといった、縄文時代から続く最低限の暮らしとはあまり関係がない。テレビをみない人だっているのだから、本当にドラマが要らない人だっている。それでも、喜んでくれる人がいる限り、娯楽である脚本やドラマという世界は存続することが出来る。

自分が誰かに役に立てば、立つ程、自分色々な人のやっている役に立つことと物々交換出来るようになる。

そして、その役に立つ方法が本当に現代は増えている。職業がこれだけ多い時代は今までなかった。

海で、魚を獲り、山で猪を獲り、野菜を育てるという選択権から考えると、考えられないほど多岐に渡っている。

現在ほど、僕らの多種多様にわたる個性を生かせる時代はないのだろうと思う。

それだけに自分の個性をちゃんととらえらえるかどうかが、ハッピーな人生とも繋がっている。

僕はまだ、プロにはなっていないが、脚本家になろうと思っている。僕がプロの脚本家になって、喜びを与え続けることが出来れば、プロとして生活していくことが出来る。それは、漁をしていた縄文人と基本形は全く変わらない。

現在、お金を考えるとき、いかに利益効率を上げるのか?ってことばかり考えられてしまう。

消費者という響きはとっても無機質で、人間が見えてこない。

縄文時代の物々交換は常にご近所さんだった。渡す相手が何となく見えていた。

しかし、現在、ただ、いかに役に立った料をいかに奪うか、その人ではなくその人の持っている役に立ったか料を睨みつけている限り、血の通わない、偽装に満ち溢れた社会が構成されていくのだと思う。

お金も使う側も物々交換という視点に立つと考えることは多いだろう。

おれ様はお金を払っているのだー!お客様は偉いのだぞー!というふんぞり返った態度は、きっと物々交換では出来なかったんじゃないかなあ。ラーメンと自分のどこかで役に立った料を交換していると考えると、おれ様にはならないとおもうんだ。あまりにもひどいサービスには勿論怒っていいのだと思うけど。偉そうにするのは違う。

みんながプロになる。みんなが最高のクオリティーのものを作ろうと思う。

そう思って生活して、お金を通して物々交換をしていけば、きっともっとお互いを尊重しあえるのだと思う。

そうなれば、お客様偉い、売るほうへこへこみたいな構図はいずれ消えていくんじゃないか。

物々交換の場合、多分、それぞれが対等の立場で立っていたはずだ。

そして、僕の持っているお金。これを何に使うか。

それはいかに自分の持っているお金を自分の喜べるものに物々交換させていくかということだ。

何となく使っていたのでは、お金に申訳ない気持ちがしてきた。

僕の持っているお金をいかに、納得出きるものと物々交換していくかを考えることは、お金を大事にすることになるし、なんだかお金に愛される気もする。

お金に愛されると、お金が入ってくる形がより楽しいものになる気がしている。





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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
脚本家を目指していらっしゃる方だったんですか、道理で文章が上手で、引き込まれました。
確かにお金自体には綺麗も汚いもないかもしれませんね。
それを得た手段には、それがあるかもしれないけれど。
桃源児
2008/10/10 23:16
コメントありがとうございます。
文章を褒めていただき、有難く思います。
本業の脚本よりもよりダイレクトに書く事が出来るこういう文章を書くのが好きです。文章を書くのが好きなんですね〜。

お金を考え直すってことはきっと生き方を考えることになるんだな〜とふと思ったので書いてみました。手に入れるお金、そして使うお金、いろんな意味で自分の生き方が現れる気がします。
百の花
2008/10/17 17:36
すばらしー
波風
2011/08/24 12:12
けっこうとゆうかいい話でした
風遁螺旋丸
2011/08/24 20:27

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